最初は「コミュ障の女の子がギターを弾く、よくある日常系アニメ」だと高を括っていた。キャラデザも可愛いし、何も考えずにぼーっと眺めて癒やされるつもりだったんだ。だが、画面の中の彼女がライブハウスで放った最初の一音を聴いた瞬間、全身の毛が逆立った。
あれは単なる音楽アニメじゃない。ギターのノイズ、不協和音の中に潜む不安、そして他者との繋がりを求めてもがく「承認欲求の叫び」そのものだ。画面越しの演奏は、視聴者の喉元にナイフを突きつけてくるかのような鋭さと、それをかき消すほどの強烈なカタルシスを孕んでいる。
特に主人公が自己を解放する瞬間の作画と演出の狂気たるや、もはや芸術の域に達している。「陰キャだから」「自分には無理だ」という言い訳を、これでもかとばかりに粉砕していく展開に、気づけば自分もギターを掻き鳴らしたくて指先が疼き始めている。かつて何かに打ち込んで挫折した全人類にとって、これは劇薬以外の何物でもない。見終わった後、現実世界の雑音がまるでライブのアンコール待ちのように聞こえる幻聴に悩まされている。これは単なるアニメ視聴ではない。自分自身の「剥き出しのアイデンティティ」を再確認させられる、過酷な精神修行の記録だ。ギターの弦が切れる音でしか満足できない身体になってしまった。