最初は「酒で記憶を飛ばしたポンコツ刑事が事件を追う」だけの、よくあるハードボイルドなノワール作品だと思っていた。しかし、プレイボタンを押した瞬間、その認識は一瞬で崩れ去った。このゲーム、画面の中に「物語」があるんじゃない。プレイヤーの内面そのものを鏡のように映し出し、執拗に抉り取ってくる「人格のシミュレーター」なのだ。
本作の核となるのは、主人公の脳内にひしめく24のスキルたちだ。「論理」や「肉体」といった一般的なものから、「電脳界」や「古き古参の直感」といった、もはや幻聴に近いような概念が、プレイヤーの脳内会議を支配する。選択肢を選ぶたびに、これらのスキルが耳元で囁き、時には嘘をつき、時には真実を突きつけ、プレイヤー自身を追い詰めていく。そう、我々が選択しているようで、実は「自分の中の無数の自己」に支配されていたという事実に気づいた時、コントローラーを持つ手が震えた。
舞台となるマルティネーズの街は、政治、歴史、敗北の記憶が澱のように溜まっている。ただの殺人事件を追っていたはずなのに、気づけば国家のイデオロギーや個人の空虚な魂と向き合う羽目になる。何が正しいのか、何が間違っているのか。そんな陳腐な問いすらも、このゲームは「お前はどう在る?」という剥き出しの刃として突きつけてくる。プレイを終えた後、自分の人格の一部が物語の中に置き去りにされたような、得も言われぬ喪失感と充足感に包まれた。2026年の今になっても、これを超える「人間を描いたゲーム」には出会えていない。まだ未プレイの人は、自分の精神が崩壊する覚悟を持って、この深淵に足を踏み入れてほしい。